東海道五十三次歩き旅16日目 四日市宿−関宿(後編)
2007年12月8日





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石薬師宿から次の庄野宿までは当時の距離で二十七町(約3km)。
国道1号線を田園の風景を見ながら歩けば、ほどなく庄野宿に到着です。




国道1号線を庄野宿へと向います。





右手に田園と関西本線の線路を見ながら歩いています。
さて、広重の「庄野」ですが、どこの風景を描いたものでしょうか。
諸説あるようですが、広重の想像の風景と考えられているようです。





ほどなく庄野宿に到着しました。





庄野宿の街道を歩きます。
街道筋は住宅街になっています。





ここは旧小林家住宅です。資料館になっています。





本陣跡です。





今歩いてきた庄野宿の街道を振り返ります。
庄野宿は本陣1、脇本陣1の小さな宿場であったそうです。





庄野宿の街並みを歩いています。
ほどなく宿場を出て、次の亀山宿に向います。



庄野宿から次の亀山宿まで当時の距離で二里(約8km)。
庄野宿を発ってほどなく亀山領の領界石を過ぎます。ここから亀山領です。
そして、安楽川を渡ると亀山市に入り、和田地区の上り坂を歩けば、ほどなく亀山宿に到着します。
旧亀山宿は旧亀山城下の宿場町。
現在の亀山市の中心だけあって、とても賑やかな街並みです。
街道や史跡も整備されています。




庄野宿を発ってほどなく中冨田の一里塚跡に到着。





その一里塚跡の横には亀山領の領界石が立っています。
「従是西亀山領」





畑の傍らでは大根干しが行われていました。





安楽川を渡り和泉地区に来ました。
ここは和泉公民館。
歴史を感じる建物です。





亀山市に入りました。
こちらでは旧東海道にこのようなパネルが設置されています。
良い目印になります。





和田地区の住宅街を歩いています。
緩やかな上り坂です。





歩道が整備された和田地区の上り坂を歩いています。
行書版の「亀山」は、この辺りの風景を描いたものではないかといわれています。





和田の一里塚跡を歩きます。





和田の一里塚跡を過ぎると、ほどなく亀山宿に到着しました。





亀山宿の入口付近の街並みです。
賑やかになってきました。





当時、この道筋にはさまざまなお店があったようです。
沿道の家々では当時の屋号を掲げています。





江戸口門跡を通り、亀山城下に入りました。
旧東海道は商店街になっています。





商店街に樋口本陣跡がありました。





亀山の旧東海道を歩いています。





こちらは歴史を感じる建物です。





京口門跡を抜けて亀山城下を出ました。
これは、坂を少し下って振り向いた風景です。
広重の「亀山」はここからの風景を描いたといわれています。





京口門跡を発ってしばらくは、趣のある街並みが続きます。





当時の町家が残っているような街並みです。



亀山宿から次の関宿まで一里半(約6km)。
野村の一里塚跡を通り、鈴鹿川沿いに歩くとほどなく関宿に到着します。
この歩き旅を始めたのが新緑美しい4月。そして今は12月。回を重ね冬になりました。
鈴鹿川沿いのすっかり裸になった木々の寒々しさに旅愁を感じます。
当時、この季節の旅人たちは東海道にどんな風景を見たのでしょうか。




野村の一里塚跡を歩きます。
樹齢400年といわれるムクの木がそびえています。




Y字路に来ました。
私は旧東海道用の地図を見ながら歩いていますが、
縮尺の関係でどちらに進んでよいか、どうしてもわからないことがあります。
道を1本間違えるととんでもないところに行ってしまうことも
過去の歩き旅でしばしば経験しました。
このように東海道の標識があるのはとても助かります。





鈴鹿川沿いの道を歩いています。
裸になった木々が寒々しく感じます。
でも、まだ半袖姿で歩いているのですよ。
体は暑いのですが、気持ちが寒いというのでしょうか。





鈴鹿川がゆったりと流れています。
今までかすかにしか見えなかった山々が、
目の前に迫ってきました。





鈴鹿川を離れて国道1号線を渡り、関宿に到着しました。





ここは関宿の東の入口にある「小萬のもたれ松」です。
父の敵討ちを志した小萬が松にもたれて身を隠したところといわれています。





関宿の入口付近の街並みです。





これから関宿の街並みを楽しみます。
おっとその前に
亀山市ではこのようなパンレットを作成しています。
イラストと地図で宿場について詳しく説明されています。
私もたいへん参考にさせていただきました。





ここは関宿の東の追分。
東海道と伊勢別街道の分岐点になります。
この大鳥居は、伊勢神宮式年遷宮の際に
内宮にある鳥居が移されてきたものだそうです。
なるほど、これは木製の鳥居です。





関宿の中心部の街並みです。
東海道の多くの宿場跡が開発等により面影を失っている中で
ここは歴史的建造物による町づくりに力を入れています。
正面に鈴鹿の山々がそびえる宿場町。
当時の旅人たちも同じ風景を見ていたのでしょうか。





まるでタイムスリップしたかのような街並みが楽しめます。
この雰囲気を壊さないように、
新しい建物も町家風に造られて宿場の中に溶け込んでいます。





ここは川北本陣跡です。





眺関亭の2階から関宿の街並みを展望します。
目の前に鈴鹿の山並みが広がっています。
さて、そろそろ夕闇が迫る時間となりました。
宿場の散策は終わっていませんが、
お楽しみは次回に残して今回の歩き旅を終えることとします。





JR関駅に来ました。
ここが今回のゴール。
次回はここからスタートします。





関駅で列車を待つ間に西の空が茜色に染まってきました。
思わず見入ってしまう素晴らしい夕暮れでした。



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