今朝も良い天気です。
昨日のゴールであるJR吉原駅を出発します。
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吉原の左富士の碑です。
神奈川県の南湖に次ぐ2番目の左富士ですが、
見渡せど、あいにくの雲で富士山は見えず。
今の季節はしようがないですね。
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説明文を撮ってみました。
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平家越の碑です。
その昔、この辺りで源平の富士川の合戦が行われたました。
ここは現在の富士川よりもかなり東側に位置していますが、
当時はこの辺りに富士川が流れていたそうです。
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吉原の商店街を歩いています。
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富士市の中心街を歩いています。
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この辺りは、間宿である本市場の跡です。
行書版「吉原宿」はこの辺りを描いたといわれています。
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住宅地の中を通る旧東海道を歩いています。
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消火栓のフタにかぐや姫の絵が描かれています。
かぐや姫伝説の発祥地は各地にありますが、富士市もその一つだそうです。
ただ、こちらのかぐや姫は月世界でなく富士山のお姫様であったとか。
富士山信仰との結びつきを彷彿とさせるお話ですね。
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大通りから分かれて旧東海道を富士川に向けて歩きます。
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富士川橋を渡ります。
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富士川橋から見た富士川の風景です。
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空気は爽やかですが、暑くなってきました。
富士川橋の下で小休止です。
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富士川を渡ると富士川町に入ります。
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富士川町に入ったのがちょうどお昼時。
「焼きそば」のノボリに惹かれてぶらりと入ったお店の焼きそばです。
隣接する富士宮市の「富士宮焼きそば」のスタイルで、
コシのある麺に魚の粉をたっぷりかけていただきます。
お店のママさんに伺うと、素材にはとても気を使っているとか。
偶然の出会いでしたが、本当に美味しい焼きそばでした。
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富士川町を蒲原宿へと歩いて行きます。
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蒲原宿まで山越えの道を歩きます。
緑が濃くなってきました。
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遥か先に海が見えています。
この坂を下れば蒲原宿です。
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富士川町から山越えの道を歩いて蒲原宿に入ります。
蒲原の宿場跡には、本陣跡などの建物が点在し、当時を偲ぶことができます。
広重が描いた雪の蒲原宿は、五十三次の作品中第一の名作と芸術的な評価は高いものの、そこに描かれた雪景色や地形は広重の創作によるものといわれています。
というのはその筋では有名な話ですが、広重がなぜ夜の雪景色を描いたのか、私などでは考えも及びません。
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蒲原宿の東木戸跡に到着しました。
ここが蒲原宿の入口になります。
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蒲原宿の道を歩いています。
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夏みかんの時期なのでしょうか。
これより先、いたる所で、例えば個人のお宅の玄関先などでも夏みかんが売られていました。
私も夏みかんを一袋買いましたが、甘くて美味しかったですよ。
その味わいは、和製グレープフルーツですね(笑)
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蒲原宿の碑です。
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この街道筋には当時を偲ぶ建物が点在します。
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これは、旧五十嵐邸です。
大正期に建てられたものだそうです。
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蒲原宿を出て由比宿へ歩いて行きます。
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蒲原宿から由比宿まで、当時は1里(約4km)といわれており、私もほどなく由比の本陣跡に到着しました。
由比では今日から特産の桜えびまつりが開催されています。
すれ違う人たちの多くがアイスボックスを持っているのを見ると、ここで桜えびを買い込んだのかもしれませんね。
私も美味しい桜えび料理が食べたいと思っていたのですが、どの飲食店も店外に長蛇の列ができる盛況ぶり。
残念ですが桜えび料理はあきらめて、ひととおり見学した後、薩た峠を越えて興津宿へと歩きました。
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由比宿にやってきました。
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由比本陣公園に到着。
園内は多くの人で賑わっていました。
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街道筋の「由比桜えび通り」でのひとコマ。
たくさんのお客さんです。
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桜えび料理に未練を残しつつ(笑)
由比の街並みを後にします。
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薩た峠に向う道を歩いています。
とても趣のある街並みです。
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こちらの街並みにも趣があります。
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枇杷畑を横目に坂を登っています。
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視界が広がり、このような風景が飛び込んできました。
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薩た峠の展望台から撮ってみました。
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さらに進んでいきます。
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展望地点の説明板がありました。
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そこから撮った風景です。
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峠を下り興津駅へ。
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興津川に出ました。
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広重の「興津宿」はこの辺りの風景でしょうか?
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興津の街を歩いています。
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JR興津駅に到着しました。
今日の歩き旅はここまで。
明日はいよいよ最終日です。
頑張ります。
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